財務諸表 第36回予想問題 第1問

財務諸表

近年の建設業経理士1級「財務諸表」試験の第1問では、工事進行基準や減損会計、引当金などの論点が繰り返し出題されてきました。一方、キャッシュ・フロー計算書や税効果会計、包括利益計算書などは未出題または軽微な扱いにとどまる傾向があるため、次回はこれらの分野が大きく問われる可能性が高いと考えられます。
以下に、予想問題を3パターン示します。


予想問題-1 キャッシュ・フロー計算書

キャッシュ・フロー計算書に関する以下の問に答えなさい。各問ともに指定した字数以内で記入すること。

問1 キャッシュ・フロー計算書の意義について説明しなさい。(200字)

【解答例】(168字)
キャッシュ・フロー計算書は、企業の一会計期間におけるキャッシュ・フローの状況を報告する為に作成され、現金および現金同等物の増減を、企業が行う営業・投資・財務活動のそれぞれで区分表記する財務諸表である。
キャッシュ・フロー計算書の意義は、損益計算書では把握しにくい実際の資金収支を示し、企業の支払い能力や投資余力を明確に評価できる事にある。

【ポイント】
キャッシュ・フロー計算書は、企業がどのように現金を得てどのように使っているかを可視化する役割を担います。収益や費用を中心とする損益計算書では捉えきれない現金の実際の動きがわかるため、企業の財務状況を判断するうえで欠かせない情報源となります。

建設業では長期にわたる工事によって資金の出入りが大きく変動し、完成工事未収入金の増減や未成工事支出金の増加などが経営全体の支払能力に影響を及ぼします。こうした特徴を踏まえながらキャッシュ・フローを分析すると、投資や借入、運転資金の調達といった行動を最適化することが可能になります。資金不足が生じた場合の早期対策や、余剰資金がある場合の効果的な投資判断などに結びつくため、建設業の経営においてキャッシュ・フロー計算書は極めて重要といえます。


問2 キャッシュ・フロー計算書を直接法で作成する際に必要となる工事原価の現金支出額への組み替え方法を説明しなさい。(300字)

【解答例】(297字)
工事原価の現金支出額を直接法でキャッシュ・フロー計算書に組み替えるには、工事原価の構成要素を現金支出ベースに変換する必要がある。まず、損益計算書の工事原価には、現金支出を伴わない減価償却費や引当金繰入額が含まれるため、これらを控除する。次に、未払費用や買掛金の増減を調整することで、実際の現金支出額を算出する。また、期首・期末の材料費や外注費の未払分を考慮し、現金支出に該当する金額を確定する。例えば、資材購入費は仕入債務の支払額として計上し、労務費や外注費は実際の支払額に基づいて整理する。このように、工事原価から非資金取引を除外し、現金の動きを正確に反映させることが、直接法では重要となる。

【ポイント】
直接法と間接法は、キャッシュ・フロー計算書における営業キャッシュ・フローの算出方法が異なります。
直接法は、現金の流入と流出を個別に記録し、それぞれの項目を明示する方法です。たとえば、「顧客からの現金収入」や「仕入先への支払」など、現金取引ごとに分類して表示するため、資金の流れを直感的に把握しやすくなります。建設業の場合、「施主からの工事代金の入金」や「資材仕入れの支払」といった現金の動きをそのまま示すことができ、資金繰りの状況を明確に把握するのに適しています。また、工事原価の現金支出額の算出においては、減価償却費や未払費用などの非資金取引を除外し、仕入れ支払額や外注費、人件費などの現金支出に組み替えることで、より実態に即したキャッシュ・フローを表現できます。ただし、各取引を詳細に記録しなければならないため、作成に手間がかかるという難点もあります。

一方、間接法は、損益計算書の純利益を出発点とし、そこから営業キャッシュ・フローを算出する方法です。たとえば、減価償却費や引当金の増減といった非資金取引を調整することで、実際のキャッシュ・フローを求めます。建設業では、工事原価に含まれる減価償却費を加算したり、売掛金の増減を考慮したりすることで、資金の流れを間接的に示します。この方法は、損益計算書との整合性が高く、作成の手間が少ないため、実務では広く採用されています。ただし、間接法では資金の具体的な流れが直接示されないため、資金繰りを詳細に把握するには別途分析が必要になります。

直接法は資金の流れを分かりやすく示すのに適していますが、作成の負担が大きいことが課題です。一方、間接法は一般的に利用される方法ですが、資金繰りの状況を直感的に把握するには向いていません。建設業のように長期間にわたるプロジェクトを抱える業界では、直接法による詳細なキャッシュ・フロー管理が有効な場合もあるため、両者の違いを理解したうえで適切な方法を選択することが重要です。

予想問題-2 税効果会計

税効果会計に関する以下の問に答えなさい。各問ともに指定した字数以内で記入すること。

問1 税効果会計の目的と、工事進行基準を採用した場合に生じる一時差異の例を説明しなさい。(200字)

【解答例】(194字)
税効果会計は、会計上の利益と課税所得のずれを把握し、各期の税負担を実態に合わせる目的を持つ。建設業では工事進行基準により、税務上の完成基準と時期がずれるため、一時差異が生じやすい。
例えば当期に計上した工事収益が税務上まだ未課税であれば、将来その差分が反転するときに税負担が発生するため、繰延税金負債を計上する。
一方、工事損失引当金などは将来費用として繰延税金資産が認められる可能性がある。

【ポイント】
税効果会計では、一時差異を正しく把握することで、会計上の利益と実際の納税額の対応を整合的に示します。工事進行基準と完成基準のずれが生まれると、その年度内で課税が確定しない収益や費用が計上されるため、将来的に反転する差異(繰延税金負債や繰延税金資産)が発生します。

工事損失引当金も同様に、一時差異として将来の損金算入とタイミングがずれやすく、課税所得が変動します。建設業は工期が長期化しがちで、その間に利益見込みが変動すると税負担にも影響するため、税効果会計の適用にあたっては適切な見積もりが重要です。

なお、工事進行基準とは、長期間にわたる工事契約において、工事の進捗に応じて収益と費用を計上する方法です。この基準では、発生した工事原価や作業の進行度に基づいて収益を認識するため、財務諸表においてより適正な期間損益計算が可能になります。
例えば、工事進捗率を「累計工事原価 ÷ 見積工事原価」として算出し、この割合に契約金額を乗じた金額をその期の売上高として認識します。この方法を採用することで、完成前の段階でも収益と費用を適切に対応させ、利益の平準化を図ることができます。

それ以外の基準として工事完成基準があります。この方法では、工事が完成し、成果物の引き渡しが完了するまで収益や費用を計上しません。そのため、収益が確定するまで財務諸表には反映されず、業績の変動が大きくなることがあります。
一方で、契約解除や大幅な工事遅延が発生した場合でも、未完成工事に関する収益計上リスクを回避できるという利点があります。特に、短期の工事や成果物の引き渡し基準が明確でない工事では、工事完成基準が適用されることが多いです。


問2 繰延税金資産を計上する際の回収可能性の判断と、長期工事で赤字が生じやすい建設業における評価性引当の必要性を説明しなさい。(300字)

【解答例】(263字)
繰延税金資産は、将来の課税所得と相殺できる見込みが高い一時差異や繰越欠損金に対して計上される。建設業では大規模工事で赤字に陥るケースが多く、繰越欠損金が積み上がると評価性引当を設定すべきかが大きな論点となる。
評価性引当は、将来の利益獲得が不確実な部分について繰延税金資産の計上を抑制する仕組みである。受注計画や景気動向によって利益が確保できると合理的に判断される部分は資産計上し、回収が難しいと見込まれるならば引当を厚めに見積もる。
これによって、実現困難な資産を過大に計上するリスクを防ぎ、財務諸表の信頼性を保つことができる。

【ポイント】
繰延税金資産の回収可能性は、企業が将来どれだけ課税所得を生み出せるかにかかっています。建設業では長期工事の採算が急激に悪化する場合や、一時的に大赤字を計上しながら後期に利益を取り戻すパターンがあるため、受注の見通しや景気の状況を考慮して慎重に判断する必要があります。

評価性引当は、回収可能性が低いと見なされる繰越欠損金や一時差異について繰延税金資産を抑制するための会計処理です。万一、回収の見込みがないのに繰延税金資産を計上すると、実際の納税負担と乖離が生じてしまい、利益を過大に見せることになりかねません。

適時に見積もりを更新し、赤字計画を早期に把握して追加の引当が必要かどうかを判断することが大切です。

予想問題-3 包括利益計算書

包括利益計算書に関する以下の問に答えなさい。各問ともに指定した字数以内で記入すること。

問1 その他包括利益を計上する目的と、建設業が取引先企業の株式を長期保有した場合の評価差額金の扱いを説明しなさい。(200字)

【解答例】(182字)
その他包括利益は、当期純利益には含めずに企業の純資産を増減させる評価差額や為替換算差額などを開示するために計上される。
建設業が取引先企業の株式を長期保有し、その他有価証券として時価評価した場合、評価差額は売却などで実現するまでは当期損益には含めず、「その他有価証券評価差額金」として純資産の部に示す。
これには、実際の営業成果と未実現の評価損益を区別する目的がある。

【ポイント】
その他包括利益は、本業による利益・損失と区別して、まだ実現していない評価差額を開示する方法です。建設業は取引先企業の株式を安定的に保有するケースも多いため、その株式を売却する前に発生した含み益・含み損は本業の結果とは性格が異なります。

これを当期損益に含めてしまうと、実際の経営成績が見えにくくなるため、その他包括利益として純資産に計上し、投資家に対しても財政状態をより多角的に示します。工事に関する損益と株式の評価損益を切り分けることで、建設業の実態把握がしやすくなります。


問2 建設業が大規模工事のリスクヘッジを目的としてデリバティブ取引を行う場合、その時価変動損益が包括利益計算書にどのように反映されるか、ヘッジ会計の要件と振り替え時期を説明しなさい。(300字))

【解答例】(282字)
デリバティブ取引がヘッジ会計の要件を満たすときは、時価変動による損益を一時的に純資産へ繰り延べ、「繰延ヘッジ損益」として扱う。建設業では、金利リスクや為替リスクの回避を目的としてデリバティブが活用されることが多く、ヘッジ対象とデリバティブの対応関係が有効と認められれば、時価変動損益は当期純利益に直ちに計上されず、その他包括利益に含められる。
工事の完了や対象取引が決済された時点で、この繰延ヘッジ損益が当期損益へ振り替わるため、最終的な損益実現を工事の進捗や取引完了時期に合わせることができる。長期間の工事においてはリスク管理を継続的に実施することが重要となりる。

【ポイント】
デリバティブ取引の時価変動損益をヘッジ会計で処理するのは、企業の本来のリスク回避活動と損益認識を合致させる狙いがあります。

建設業では工期が長い案件で為替や金利が大きく変動する可能性が高く、ヘッジ会計を使うことで工事が完了するタイミングと損益認識を一致させられます。実際の振り替えは、ヘッジ対象取引が終了した時点やリスクが消滅した時点で行われるため、それまでは評価差額をその他包括利益として純資産へ繰り延べる形をとります。

こうした手法は、急激な市況変動で企業の経営成績を不自然に変動させないために有用ですが、有効性が失われたと判断された場合は速やかに当期損益計上へ切り替える必要があります。